西オーストラリアのマンジュラという所

2011年05月

福島第一原発の心配事が無ければ、全て上手く行くように感じられる。
一年前、いや3ヶ月前がひどく懐かしい。
あれはあれで、今よりもずっとずっとずっと幸せだった。
明日が今日より良い日などと、もう夢見る事は出来ない。
 
ドイツもスイスも福島第一原発事故、その後の経過等を考えて
脱原発に進んでいると言うのに、
張本人の日本がまだまだ原発を続ける意向でいる。
その上、まだ、放射能漏れを出している...。
全く納得できない。
 
もう少し、国民と目を合わせる事が出来る首相がほしい。
菅は人と話す時に、目をそらしている場面ばかり見るが、
やはり性格もおかしい!
首相が変わらない限り、何も望みが持てないのは私だけか?
 
誰でもいいから、菅以外ならだれでもいいから、
替わってほしい。我慢出来ない!!
 
 
どうせいつかは首相を辞める事になるのだから、
最後は花で飾ろうと何故思わないか?。勝負しろ!反省しろ!
 
国民はどうして、もっと強く原発反対しないのか、
音頭を取ってくれている人が居るのだから、
それに乗ってでも反対するべきだと思うが。
 
原発反対する人々もたくさんいるのだから、
孫社長だっているし、心の中では原発反対が今は普通だと思う。
 
10年20年後の日本の人々は一体どうなっているのか?
60歳過ぎた人は多分大丈夫、それよりも若い人の事を考えなくては。
 
~~~~~
下のニュースを読んで泣いた。
違う場所で同じ様な土地を手に入れられる金はない、
家を借りる金などもない。
 
私も、もう若くないし、 いつまで続くか分からない避難生活には、
精神的に耐えられない歳になっている
 
でもまだ自分の事は自分で出来るから、きっと同じ様にすると思う。
土地が好きだから、土いじりが好きだから、離れられない。
 
 
東京電力福島第1原発の事故で計画的避難区域に指定された福島県飯舘村などは31日、政府が示した避難完了の日を迎えた。
 全村避難を求められた同村では住民6177人の2割以上にあたる1427人がまだ行き先を決められなかったり古里を離れられずにいる。
 「他に行くとこなんかねえ。おれはここの土になっから」
 村内で特に高い放射線量が観測された比曽地区では菅野初雄さん(73)が妻紀子さん(70)と母ルイさん(93)の3人で代々続いてきた田畑を守っていくことを決めた。
 「木の若芽で山が薄緑になったら、稲さ植える準備だ。カッコウ鳥は鳴いて、大豆の種をまいていいよ、って教えてくれっから」
 比曽地区は、古くから農業に支えられてきた。いつ何をするかは、自然が知らせてくれる。
 第1原発2号機で爆発音がした3月15日。自宅裏の木小屋を修繕していると、原発のある南東から風が吹いてきた。翌日、なごり雪が積もった。春の訪れを待ちわびる村に降り注いだのは、色もにおいも感じない放射性物質だった。
 1カ月が過ぎた4月下旬。テレビのニュースで、村が計画的避難区域に指定されたことを知った。妻紀子さんは「なんで今ごろ」と首をかしげた。家族がそろった夕食時、菅野さんは「ここは放射能が高いから、体に悪いんだと」と切り出した。母ルイさんがつぶやいた。「出ていくのはやんだ」
 間もなく役場から避難希望調査が来た。高齢で足が弱い母は、たぶん避難生活に耐えられない。アンケート用紙に「出ていかない」と書いた。しかし、若い世代への放射能の影響は心配だ。おじいちゃん子の孫たちと離れるのはつらいが、息子夫婦と孫2人には避難するよう促した。
 5月末、にぎやかだった食卓は急に静かになった。ルイさんはひ孫たちとの暮らしを思い出しては、涙ぐんでいる。
 村で一番標高が高い比曽地区は、真夏でも気温が10度を下回ることがある。
家族で土にまみれた半世紀、冷害で何度もの凶作に見舞われた。
そのたびに立ち上がれたのは「次がある」と思えたからだった。
 今回は、次に田植えをできるのがいつになるのかも分からない。それでも菅野さんは農機具の手入れを欠かさない。
 「ずっと働いてきたんだ、なあに、ちょっとした骨休めさ」
【山本将克、三上健太郎、山本将克】

こちら雨が強く降ったり時々陽が差したりと、冬の雨期が来ている。
今日は、早くから肩に痛み止めの注射をしに行き、
帰りにはショッピングセンターで買い物をした。
 
60、70、80歳過ぎても、元気よくテニス、ボーリング、ゴルフ、
卓球、カヌー、スキーなどが出来る人は、本当にうらやましい。
 
こちとら、内蔵は多分完璧だが、膝が痛くなったり、
肩が痛くなっちゃったりといやだねぇ~。
(江戸っ子のお年寄りの話し方が好きで...)
 
歳に関係なく人ぞれぞれだから仕方ない。
まだ充分歩けるし、肩が痛くても普通に生活出来るのだから良しとしよう。
 
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スーパーで、友達に会った。
彼女は私が知らない美味しい物を見つけるのが上手なので、
もし美味しそうな物があったら同じ物を買おうと、
彼女の買い物手押し車(Trolley)「トゥりー」の中を覗いてみた。
 
何となく美味しそうな箱がいくつも目に入ったので、
こんなたくさん買うと言う事は、さぞ美味しいのだろうと
 
「これ美味しいの?」 と聞いてみたら...「これ、せっけんだよ」 との答え、
せっけんは食べたくないやね。
 
生鮭(タスマニアンサーモン)を買い、刺身と塩鮭を作った。
刺身にはワサビ、日本より2倍位の値段だが近所のスーパーでも売っている。
 
放射能汚染で食べられなくなるかも知れないので、海苔もたくさん買った。
焼のりと書いてあるが、軽くあぶるといい。海鮮物は大切。
 
いつでもデザートが作れるように、バター、生クリーム(乳製品が安い)、
ココナッツ、マカダミアナッツ (実は生まれ故郷はオーストラリア)なども買った。
 
コーヒーも忘れちゃいけない。
ショウガのお菓子も美味しいね。
食材が家にあると、いつでも何か作れて嬉しい。
 
これも忘れちゃいけないね。↓
 
   ・・・雨音が、強く弱くと、波のよう・・・    see ya     

今日は曇り空。
先日のテレビ番組の調査で、化粧品、ジーンズ、サングラス、コーク、靴などの値段が
アメリカと比べるとかなり高く、それらの合計金額は77%も高かった。
 
高い理由は店の賃料、人件費、税金、電気代、その他色々と高いかららしい。
他の国と比べても工業製品(紙製品、靴、プラスチック製品、その他)、レストラン、調理済み食品は高い。
 
唯一日本と比べても安いと感じるのは、生鮮食料品で、
外食は高いが家で作ると安い。
 
♪~~~~✿
毎日曜日ショッピングセンターの駐車場やっている不用品交換市に久しぶりに行ってみた。
店は余り出ていない、働き者のタイ人の友人が、自分で育てた植物を売っていた。
 
以前は、このような所での買い物が下手で、
安いと思って必要で無い物を買い、結局はゴミにしていた。
最近は賢くなり、1ドル以上の物は買わないようにしている。
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何も買う物はなく、
無料と書いてあったので写真の物を頂いて来た。
(どれもクリスマス用)
ハート形の一輪ざし。。日本製
 
蓋にSとPの形に穴があいている
塩(S)やコショウ(P)を入れる物。。韓国製
 
私はこれに、粉砂糖やココアを入れて、
ケーキ菓子に降り掛ける時に使う。
 
   ・・・不用品、あなた要らない、私要る・・・    see ya
 
メンケル独首相 「脱原発」にUターン 採算度外視
日本(菅)にもこんな男気?ある勇気が欲しい・・
台風の前に緊急に政府がしなければいけないこと

こちら非常に良い天気。多分23度位だが、太陽の熱は強く感じる。
福島第一原発事故の状況から目をそらすようにしているが、やはり気になってしまう。
全国放射能濃度http://atmc.jp/をまた見てしまった。
 
私が見ても、ただハラハライライラするだけでどうする事も出来ず、
神経をすり減らすだけ、見ない方が良いに決まっている。
 
少々の被曝は50歳以上は大丈夫らしいけれど、子供の将来が気になる。
個人で防ぐには限界があるので、
国や市などで汚染した土などを極力取り除いてほしいが、それも大変か。
 
本当は特定の場所を省いては、それ程気に掛けなくても大丈夫かもしれない。
人それぞれ、生まれてくる時代で苦しい事が過去にも色々あったから、
これもその一つか...。
 
いつまで続くのか分からない事が、より不安を大きくする。
なるべくならば、放射能物質などは浴びたり、吸ったりしない方がいいに決まっている。
 
しかし、その事で精神的にまいってしまっては、今を生きる事に差しさわりがあるので、
なるべくならば、放射能の事は忘れるようにしながらもマスク位はした方が良いかも。
 
今回の事に懲りて、
原子力発電は、小さな地震大国の日本からは早くなくなってほしい。
 
私自身、日本の放射能の事を忘れようと、毎日色々やっている。
今日は乾燥芋と庭のオレンジでオレンジピール作り、
頂いたレモンとミカンは皮をむき冷凍にした。その他いろいろ。
 
夕方4時過ぎに、友人が獲れたての海老を持って来てくれたので、
久しぶりに海老フライをした。
揚げ物はほとんどしないので、後片付けに時間が掛かった。
 
         ・・・うれしいが、収穫の秋、腹きつい・・・    see ya
 

暑くも寒くもなく、気持ち良い天気で心身ともに活動的になっている。
今日の午前中は、バスと歩きでマンジュラ市内のOPショップ
(opportunity shop 、人々が寄付した物を売る店)を巡ってみた。
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全部で6軒巡り、お菓子作りをするための菓子作り本を
50セントで買った。
とても便利なサイズの本で、
クッキー、ケーキ、パンと全てで100種類のレシピと写真が
載っている。
 
1984年の本、中は少々菓子作りの粉が付いていたり、
ちょっと書き込みがあったりと何んとも生々しい。
 
想像すると、この本の持ち主は亡くなり、
その息子か家族が、OPショップに寄付したのではないだろうか。
 
以前にはCountry Cooking と言う
ヨーロッパと北アメリカの料理の伝統的作り方が載り、
色々と説明も出ている素晴らしい本を1ドルで買った。
 
こちらの古本(料理本)を日本で売る商売をしたいものだ。
見てるだけでも満足し、菓子も作れ、楽しみながら
英語の勉強にもなり、良い事づくめ。
 
  ・・・役に立ち、楽しくきれいな、料理本・・・   see ya
 
被曝に関しては、諦めようと思ってもまだ諦めきれない。。
海の汚染始まったか?
空中分解した国、子供を被曝させる

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